<靖次>     一

山本靖次は電車に揺れた。車内は異常に込み合っている。

まず何より熱湿気が凄い。このような未だ肌寒い四月の中にあって、ここまで熱気と湿気を味わえるのは、なるほど此処くらいのものだろう。

これが都会の自然であるというのは理解できるが、今までの田舎とは随分勝手が違う為、かなりのストレスを感じる。

かつて、ストレスというものをここまで身近に捉えたことができたであろうか。

ストレスという言葉を簡単に用いてはいけない。

現代の人間は至極単純に用いるが、それが実際にどんなものであるのかは誰も理解できていない。

「俺ストレス感じるくらい疲れてるから」などと言っている人間ほど、ストレスは薄い。

押さえ込まれた衝動や疲労というものは、本来、人間のものすごく浅いところに存在する。

抑圧、疲労が強すぎて表れるのはストレスではなく、症状だ。ストレスとはその症状の原因である。

もっと純粋な、希薄なものなのだ。しかし今の彼には、「ストレスを感じた」という言葉が適切である。

理由は、想像に難くない。そら、見ろ。もう顔が青白くなってきたではないか。

彼は吐き気を必死に呑み込みながら、何とか目的の駅に達した。寒気が身に沁みる。

涼みながら軽く歩くことで、次第に吐き気もその苛々を鞘に納めた。

ふと、彼は空を見上げた。雲はないものの、西の空が少し揺らいでいる。

「今日は雨か」

発言してすぐに、彼は何かまずいことをやってのけたような気になった。

彼の独り言を周囲の人間が、奇妙なものを見るような歪な目で見張ったからだ。都会は恐ろしいところだった。

そして、誰一人として彼の即席天気予報を信じなかった。

改札を出てからも混雑は収拾のつかない状態になっていた。入学式とはいえ、彼は未だこのような沢山の人間を一度に見たことがなかった。

田舎での生活が長かった彼は、一瞬、弾かれたような思いを感じてとった。

それがどういう意味を為すものなのか、それはいくら考えてみてもわからなかった。

それでも彼は持ち前の自尊心を武器に、なるだけ気丈に振舞っていた。

それからほぼ一本道になっている商店街を抜け、大学に着いた。

既に式の準備は整っており、門は大きく開かれている。

門から式場へ続く長い道の脇には沢山の桜が並び、ささやかではあるが、入学生を祝っているような、そんな感じがした。

その感をつかむや否や、安堵からか、彼は非常に煙たい睡魔に襲われた。

粘り強くまとわりつくこの睡魔は、あるいはこれから始まる都会暮らしに対する抵抗のようにも思われた。

しかし抵抗というよりは自尊心が持つ、一種の見栄のようにも思われた。どちらにせよ、彼は式の間中、眠りこけていた。

   〜続く