先週、紗江子が死んだらしい。

らしい、というのは、紗江子の死に際に居合わせなかった上、葬儀にも参列しなかったから詳細が一切不明なのである。

原因さえわからない。

他殺か、自殺か、自然死か、病死か中毒死か刺殺か自刃か飛び降りか焼死か圧死か首吊りか服毒死か過労死かそれとも寿命だったのか。

ただ、知り合いは皆「死んだ」という。恐らく、というよりは、まず死んだと認識して間違いない筈である。

何せ先週から全く顔を見せないし、皆死んだ死んだと言うし、生きていると思う方が間違っている。

ま、死んだのならそれで構わないし、生きていればまた来るだろうし、私の与り知るところでは所詮ない。


紗江子の訃報を聞いた晩から数えて三日後、私は十年振りに飲み屋へ行った。で、ばったり親父と会った。

それは極めて久し振りの対面であった。双方、最初はお互いが誰だか全く見当が付かなかった始末である。

しかしここでこやつに出会えたのは矢張り運命と言おうか天啓と言おうか、何しろこやつは紗江子の父である。

酒を呑んで語るに不足はない。いやはや、今宵は美味い酒が呑めると自分でも恐ろしい位の不謹慎を覚えたのはここだけの話。


ところで一つだけ注意しておきたいのは、この親父というのは、何も肉親ではない。

私が勝手に親父と呼ばせていただき申し上げておる老師である。

「老師」が分からぬ阿呆には「クソジジイ」と言い換えて差し上げるのが、この場合は適切であるな。

以前、私はこの飲み屋に入り浸った時期がある。

このクソジジイが頼みもせぬのに、話し相手になるだけで酒代を払ってくれるからである。

それにしてもこのクソジジイ、今年でその齢七十を迎えるというのに未だに呑みに来るとは。

驚愕である。感服である。畏怖である。


「親父、久し振りやな」
「あー、あー、お前かえ。今日は久し振りに美味い酒が呑めるのう」


どうやらこのクソジジイも私と同じ思考を持っているらしい。

不謹慎この上ないが、そうでなければ我々は呑み仲間にはならなかったろう。

そして呑み仲間にならなければ紗江子と出会うこともなかったのである。

考えれば考える程、不思議な関係である。

しかしよくよく考えればそんなに不思議がる事もないかも知れない。何だ、只の杞憂か。


「しかし十年間もどうしておった。顔くらい見せにこればいいものを」
「何、親父みたいに暇やないんや。酒に溺れながら仕事をこなす生活は流石に辛いわ。せやせや、紗江子が死んだと聞いて哀しみに呉れとった」
「紗江子。あー、遂に死んだのか」
「おい親父、ボケるのはまだ早いぞ。貴様には九十まで生きてもらわないかん。酒が呑めなくなるやないか」
「相変わらずひねくれとる。素直になれと何べん聞かせたら分かる」
「ところで紗江子は病気で死んだんか。そこまで弱っている様には見えんかったが」
「なんじゃ、矢張り死んだのか」
「こら親父。人をコケにするのもよせ」
「いやー、若い良い女を見つけてな。その女が先月、実家に帰るとか言うので昨日まで東京のその女の家におったんじゃ」


真に爆笑とはこの事である。何せ齢七十である。未だに絶倫とはあなおそろしや。

まさかこんな老人にはなるまいて。

当初は流石にそう思っていたが、しかしこの親父曰く、性欲はもう遠の昔に尽きているらしい。

ただ、女体の柔らかさと暖かさが堪らなく大好きで、一日中触っていたいのだそうだ。

それは一種の嗜好であり嗜好に留まり嗜好に尽き嗜好でしかない限定された狭い自由に基づく嗜好なのだ。

愛情や性欲やその他諸々の本能的官能とは一線を画し、ただ、愛する、その一言に尽きる。

普通の「愛する」とは性欲の美化であるが、この偉大なるクソジジイの「愛する」には性欲がない。

只、その概念に対応する言葉が存在しないので便宜上その言葉を用いているだけなのである。

故に女体に触れたところで頬が赤らむ事もなく、性器が奮い立つ事もなく、勿論人に語って差し支えある事でもない。

珈琲を愛する人が珈琲を飲んで勃起するだろうか。そしてその珈琲を愛する心を自由に語れないだろうか。


だからこんなクソジジイを、若い女はすぐ信用してしまう。

平気でこんなことを恥ずかしげも無く語るし、近頃巷で流行の「年配者に愛の手を」なんて理想を達成できるという自己満足もあるし、第一どう見ても性交する元気も能力もない。

経験の浅い、不良初めの若い女は、そう考えてコロっと騙される。

しかし俺は知っている。

このクソジジイ、確かに性交する能力はもうないが、年頃の自分の娘の身体を始終触る程異常なドスケベである。

そうやって言葉巧みに若い女の心を操り、未だに心に深く根付くエロ魂を燃焼しているのである。

実に巧いものである。極めて敬服、最敬礼。

天が授けたもうた、男子諸君の鑑ではないだろうか。


話が脱線した。

で、結局親父は紗江子の死を、大阪に帰ってきてから知ったというのだった。


「済まんな、親父。俺も紗江子の死に際を見れんかったんや」
「あー、あー、構わんよ。人間いつかは、死ぬ。言葉が陳腐すぎて反吐さえ出んが、事実を否定することはできん。
お前がいたって始まらん。わしがいたって始まらん。お前とわしと、どちらがいたって終わらない。
それが生きると死ぬる事。何が原因で死ぬかなんぞ、知ったところで仕方がない。知ったところで意味がない。
死に逝く者は止められん。止めん方がええ。止めん方がええ。
わしなんぞ今日明日果てても構わん命。明日死ぬかも知れん。十年後生きてるかも知れん。
それでええ。生きる者も死ぬ者も、有りの侭がええ、有りの侭がええ……」


そういって例の如く、一人で語って一人で眠りこけるのである。

じゃ、昔の様に金は親父が払うから、と言ってマスターに会釈し、私は町に出た。


今日はやけに夜風が暖かい。紗江子の哀しみの溜息、というのは少し気障過ぎるが、今宵はこれくらいセンチになってもいいのかも知れない。

何せ、あの紗江子が死んだのだ。よくよく考えれば、なるほど凄い事である。

親父曰く、嘆いたって仕方がない、死に逝く者は止められぬ、らしいが、矢張り思い出というものは人間の冷静をガリガリと削る。

その痛みは一寸説明が難しい。

紙で手を切った時のあの疼き、熱。荒れた海の岩礁で胸をズタズタに引き回された時の、あの海水。

それから、血豆を作った時のあの煩わしさ。

打ち身による痣。捻挫。突き指。口内炎。空腹による、腹の凹むような感触。便秘による吐き気。

小指を扉にぶつけた時の、あの朝の鮮痛。

それらをごちゃ混ぜにして、かといって混ぜ過ぎず、丁度ミルクと珈琲が混ざり切らない程度の頃合で、そいつを二で割った様な痛みがそれに当たる。


もう今日は夜風には当たっていられぬ。早々に帰宅して寝るとするか。

帰宅までの路を一々書き記す必要はないだろう。そんな日常を記して何になる。

今はそれよりもっと大変な事が起こっていた。それこそ、この場に記す必要のある、特記すべき事項なのである。


何と、大阪市内にとてつもなく巨大な鼠が現れたというのだ。