いよいよ作詞の天才、桜井の名曲に挑戦する。 「口笛」以外にも沢山の名曲があるが、その場合は難しいなりにも割と理解しやすい。 それは桜井が解決への指標をばら撒いてくれているからだ。 しかしこと「口笛」に関してはそれが極端に少なく、何一つ見落とさずに進まないと本当の意味での「口笛」に耳を寄せることは難しい。 桜井の詞を解するにあたって、幾つか注意して欲しいポイントがある。 @比喩や抽象的表現が多い A主語や品詞、目的語が定まらない場合がある B曲に合わせた歌詞作りではないので、二、三行に渡って一文が続く場合が多い C文自体を略している場合がある D語りかけるような歌詞が多いので、受身にならないこと E割と潔癖症なところがあり、抽象的な部分と具体的な部分を明瞭に分ける癖が見られる 特に気をつけて欲しいのがDである。 やはりどうしても自分の過去や曲の背景を一身に受けてしまい、核心部分が見えづらくなることが多いのだ。 しかし浸ることは構わない。むしろ浸らなければ作者の本心は絶対に解せない。 百聞は一見に如かず。まずは読んでみよう。 頼り無く二つ並んだ不揃いの影が 北風に揺れながら延びてゆく 物語のような入り方である。情景が目の前に浮かび、早速感傷的になってしまう。 音楽もすごく自然で、つい口ずさんでしまったんだ、という感じを受ける。 ここで美しいのがやはり「頼り無く」と「北風に揺れながら」である。 影というのはそもそも頼りがいのあるものでもないし、絶対的なものでもない。 だから北風に揺れたのは、他でもない影の主なのだ。 では何故「影が風で揺れる」などという表現を用いるのだろうか。 ここからは一切が推論だが、おそらくこの二人は、互いに何か煩わしいものを持っていて、それが胸の内でモヤモヤしているのだ。 喧嘩する程でもないことなので口には出さないが、互いが互いを少しばかり疑ってみたようなイメージ。 それが「影を揺らした張本人」なのではないか。 こういった細かな描写が、いわゆる桜井ワールドを醸し出している。 凸凹のまま膨らんだ君への想いは この胸のほころびから顔を出した 先の「何か煩わしいもの」というのは、実はここで挙げられている。 「凸凹」という想いには誰しも快い印象を持たない。 何か荒んでしまった心のすり傷・・・ それが同様にすりむけてしまった「胸のほころび」から顔を出し、二つの影を「頼りなく」見せ、ゆらゆらと「揺れた」感じを与えたのだ。 口笛を遠く永遠に祈る様に遠く 響かせるよ 言葉より確かなものにほら 届きそうな気がしてんだ ここで少し曲調が変わる。 今までは「語り」のような音楽だったのが、ここからは「曲」としての顔を見せる。 そしてここで先の注意点Aが現れる。 「永遠に祈る様に」とは、「永遠」に対して祈るのか、「永遠に祈る」のか、二つに読み取れる。 他のアーティストなら十中八九、後の意味だろう。しかしこの場合は桜井である。前者である可能性も決して低くない。 だが注意点Eに即して言えば、曲調が変わったこと、次の一文が余りにも平坦であること、これらがその判断を鈍らせる。 そして「言葉より確かなもの」とはなんなのだろうか。 ここでは「相手の心や想い」という答えが一般的だろうが、それだけでは消費しきれない、もっと壮大なイメージがここにはある。 一つの言葉に対して幾つもの意味を込める、これも桜井ワールドの布石の一つで、中々桜井は己の心の内を晒してはくれないようだ。 さあ手を繋いで 僕らの現在が途切れない様に その香りその身体 その全てで僕は生き返る 段々と揚がってきた曲調は、ここで最高の揚がり方を見せる。 「手を繋」ぐことで「僕らの現在」を「途切れない様に」する。 本当はそんなことでは継続させることなど無理だとはわかっている。 わかってはいるけども、「頼りない影が揺れる」と感じてしまった作者にとって、これ以上の対処法は存在しなかった。 そしてそうやって相手と触れ合うことで、自らの存在と、その意味を思い出すことができる。 夢を摘むんで帰る畦道 立ち止まったまま そしてどんな場面も二人なら笑えますように 「夢を摘む」ことができる「畦道」とはなんなのだろう。 ちょっと今の私には想像できない。 二人は「立ち止まったまま」、何を感じているのだろう。 「口笛」が「言葉より確かなもの」に届いたから、こうして「立ち止ま」ったに違いない。 そこにどんな真意かあるにせよ、これからどんな将来が待っているにせよ、「二人なら笑」ってすごしていたい。 そうやっていつまでも幸せを感じていたい。 しかしこの場合、全てが解決した訳ではない。 曲の初めからずっと引きずっている想いは消えていない。 それが解決されない以上、この「二人でなら笑って過ごしていたい」というセリフは「困難なことを避けたい」という逃げの姿勢にも取れる。 それではこの後の歌詞に答えがあるのか? 私の頭脳では、それはとうとう認識されなかった。 結局この「何かつっかえた様な想い」とは即物的な好き嫌いではなく、人間(動物)が本来備えている部外者への警戒心なのかもしれない。 人間という理性を持った生き物はこういった原始的な衝動を忘れ、今では「何かつっかえた様な想い」としか認識されないのかもしれない。
頼り無く二つ並んだ不揃いの影が 北風に揺れながら延びてゆく 凸凹のまま膨らんだ君への想いは この胸のほころびから顔を出した 口笛を遠く永遠に祈る様に遠く 響かせるよ 言葉より確かなものにほら 届きそうな気がしてんだ さあ手を繋いで 僕らの現在が途切れない様に その香りその身体 その全てで僕は生き返る 夢を摘むんで帰る畦道 立ち止まったまま そしてどんな場面も二人なら笑えますように 無造作にさげた鞄にタネが詰まっていて 手品の様 ひねた僕を笑わせるよ 形あるものは次第に姿を消すけれど 君がくれたこの温もりは消せないさ いつもは素通りしてたベンチに座り 見渡せば よどんだ街の景色さえごらん愛しさに満ちてる ああ雨上がりの遠くの空に 虹が架かったなら 戸惑いや不安など 簡単に吹き飛ばせそうなのに 乾いた風に口笛は 澄み渡ってゆく まるで世界中を優しく包み込むように 子供の頃に 夢中で探してたものが ほら今目の前で 手を広げている 恐がらないで 踏み出しておいで さあ手を繋いで 僕らの現在が途切れない様に その香りその身体 その全てで僕は生き返る 夢を摘むんで帰る畦道 立ち止まったまま そしてどんな場面も二人で笑いながら 優しく響くあの口笛のように