<紫陽花> 友人のMが寝坊したというので、今日はひとつあの道を通ってみようと思った。 登校には全く必要のない遠回りな道で、無用の長物であるのだが、あの女がまだ在学中の頃はよく二人で登校したものだ。 人目を避けるため、といえば間違いではないが、それを素直に認めたくない私は確かに存在する。 ちょっとした名物カップルであった私たちは、確かに人目を避ける行動をよく取った。 先の道にしてもそうだし、放課後はしばらく学校に残って人が少なくなってから帰ったりしていた。学校では二人でいることが少なかった。 いつまでもベタベタと馴れ合いを続けるような、いわゆる「カップル」は性に合わなかったし、 やっぱり他人からの目を意識してしまうことが大きく依存していた。 だから二人でいたとしても学校を出るまでは他人のような接し方をしていた。 周囲からは「冷めたカップルだ」と思われていたようだが、私はどうとも思わなかった。 しかし女の方はやはり女らしい所があって、私の冷めた態度を逐一気にして 「何故貴方はそんなに私に冷たいのですか」といかにも不満気につぶやいていた。 私は女のその発言に毎回苛立ち、毎回怒鳴りつけては毎回萎れた女を慰めた。 一体、男というものはどうしてこんなに自分勝手なんだろう。一度怒鳴りつけて萎れさせた女を、気づけば不憫に思って抱きしめている。 もう傷つけるのは嫌だし、慰めるのも疲れていた。 冷たい態度を取らなければならない理由も曖昧になってきて、女に至っては 「どうせ私と一緒にいたくないから……○○さんと二人きりになりたいからそういう理由付をしているんでしょう」 などと文句を垂らす。 しかしこう言われると、理論立った反論でさえも中々口を破れなかった。 とかく、私はあの女に含まれるはずの、初めて逢った時のあの感覚を見失ってしまい、そういった渦のような関係に嫌気が差していた。 あの頃は一番心が揺れ動いた時期でもあった。 そんな女との青春の一項を彩った、奈良の町並みの片隅に、今日は再び足を踏み入れることとなった。 Mが遅れたことも理由のひとつではあったが、それはきっかけに過ぎず、本当の目的はそれだけではない。 女と二年間通ったあの道をもう一度辿ってみて、あの頃の自分と今の自分とを重ね合わせ、過ちを深く恥じ、現実を見据える。 己の気持ちを整理し、本当は泣き虫な心にケリをつける。これが寄り道の目的であった。 久しぶりに女と歩いた道を通った。一月下旬の大空は異様に堅苦しくて、思わず息が詰まりそうになった。 道はちょうど風の通り道になっていて、コートを着ているのにも関わらず寒かった。 縮こまって歩いていたせいか足元の段差に気づかず、危うく顔面を地面にぶつけるところだった。 「ああ、そういえばこんなとこに段差があったんだっけな」 一瞬負けず嫌いの遠吠えのようなこの思考でさえ、私にとっては心を妙に暖かくさせてくれる抜け目のない事実であった。 とある会社の前にあった自動販売機が撤去されていた。つまりその会社が経営難に陥ったか、最悪の場合は倒産に追い込まれたか。 中ほどまで進んだところには豪邸が建っていた。地面には、見事コンクリートを突き破った雑草たち。 道はちゃくちゃくと変化していたのだった。そしてこれらの変化は、そのまま私の心を暖かくしてくれる火種となったのだ。 こうまで町並みが変われば、まるでそこが奈良ではない、どこか遠くの町のように思えた。 そして私は、それは私にとって非常に喜ばしいことであると考えた。 全ての関係を絶って、ただ一人、誰も知らない場所で威風堂々闊歩する。 作家らしい内省的な皮肉の句を練りながら、凍てつく真冬の大空に向かって精一杯伸びをする。 それがどれだけ開放された、自由なものであるかは想像に難くない。 一度そういう環境に自分を置いてみて、探究心より想い出ずることを片っ端から書き記してみてはどうだろう。きっと美しい、いい文が書けるに違いない。 しかしそう考える一方で、今度は、そうなってしまってはその男は最早私ではないのだろうななどと不謹慎なことを考えてしまう。 未熟故の探究心なのであって、自分の心に直接向かい合えるようになってしまえば、 一筆一言書く度に作家としての「生きる欲、追求」の輪郭が淡くぼけてくるのではないかという気がしてならない。 しかし、今の私にとって、それは非常に魅力的に映るのであった。 今の、この拘泥した現実から比べてみれば、作家としての命の終わりなど、とても単純なもののように思えた。 変化していた全てのものが、全て等しく心を暖めてくれたのかと言えば、それは間違いであった。 道を三分の二程度進んだ所に、民家の一階を喫茶店に仕立てた小さな店があった。 入ったことこそないが、店主であった一人暮らしのお婆さんが、よく店頭の花壇に水をやっていた。 そして私――おそらく女も私と同じように感じていたはず――はそんなお婆さんに少なからぬ尊敬の念と親近感を覚えていた。 おそらく八十は超えていたろうと思われるそのお婆さんは、決まって同じ時刻に水やりを始め、通り行く人通り行く人に挨拶を投げかけるのだ。 その誠実さと真面目さは現代人の忘れてしまった何かと非常によく似ている。 しかし現実は酷かった。店の扉に貼られた一枚の紙。それには「当分の間、閉店させていただきます」と書かれていた。 勝手に決め付けるのはいけないことだと分かってはいるが、嫌な予感はくっきりと脳裏に焼きついて中々消えない。つまりはこうだ。 死んでしまったのではないか――と。 この変化も確かに「変化」であったので、それなりに私を暖めはしたが、その温もりは気休め程度のものであった。 もしかすると、逃げ腰な私が勝手に作り上げた感情なのかも知れない。お得意の現実逃避だったのかも知れない。 それにしても余りにも簡素で綺麗過ぎるその貼り紙は、私を哀しくさせた。 置いていかれたと言おうか、裏切られたと言おうか、現世の多種様々なしがらみから私より先に逃れることのできた彼女を、私は少し冷たいな、と思った。 思ってから、納得した。 「死人=冷たい」という構図は、私の口元をやや吊り上げた。 それでも私は現在起こっている問題から目を逸らそうとしていた。 直視することでケリをつける為にやってきたこの道上で、やはり逃げ腰にも「変化」という「一点に定まらないもの」に頼っていた。 しかしそんな私の夢想を見事に打ち砕く、とんでもないものがその先には存在していた。 「あ、紫陽花……」 早春には驚くほど美しい花を咲かせる、背の高い紫陽花が、道の終わりにある大きな家の垣根から顔を覗かせていたのであった。 今こそ枝だけなのだが、女と見た時の紫陽花はとても美しく、幻想的であって印象的だった。 紫陽花は、その美しい花こそ散らせども、その存在をしっかりと、今もまだ確固たる物として誇示している。 私には、何故か花が咲いている時よりも大きく見えた。枝だけになってはいるが、大きくて優しい、どこか丸みのある紫陽花だった。 不意に、冷たい頬に涙が流れた。それは地面のアスファルトに落ち、じんわりと滲んで周囲三ミリ程を湿らせた。 やはり、もう逃げられないのか。 私は覚悟を決めた。 不思議だった。あれほど悩み苦しんで、堪らなくなって逃げ出していたものが、こんな枝だけになってしまった植物のひとつで解決してしまったのだ。 道の最果てである四辻に入った。ここから右に曲がれば、いつもの通学路である。 日常が、現実が、そこから始まっているのだ。 しかし私は最早迷わなかった。背筋を伸ばし、顎を引き、将来を見据えて右に曲がった。 そこには余りにも日常的過ぎる日々が待っていた。 あと二十四時間もすれば、私は泣き崩れている女の家へと赴き、他の女と交わった事を詫びているであろう。 そしてそれは、さっきまでの私にとっては決して考えられない事なのであった。