<赤い宝石> 「おぉ……」 思わず漏らしてしまった。だが、漏らさずにはいられない。 「どうです、素晴らしいでしょう」 女が自慢げに言う。 「これだけ純度の高い赤水晶は二つとありませんよ」 私はただコクコクとうなずいた。 ここは山奥の一軒家。女の家である。私と女の間には小さな机があり、その上の赤水晶は煌々ときらめいている。 「これをいただけるのですか?」 私は遂に聞いてしまった。断じて聞くまい、と思っていたのだが、目の前の赤い宝石が放つ凄まじい欲求には勝てなかったのだ。 「構いませんよ。どうせただの石ですから」 女は優しく微笑みながら言った。 女が手をかざし、なにやらぶつぶつと唱えると、見事な赤水晶はみるみるうちに灰色に変わり、やがてそこらで見かける石へと変わった。 「魔術、ですか……」 私のその声には期待と興味に満ち溢れていたが、ため息交じりの悔しさとこの女への嫌悪感も同時に兼ね備えていた。 「ええ、魔術です」 やはり笑いを含んでいる。 「しかしすごいですねぇ、ただの石をあれだけの赤水晶に変えてしまう魔術というものは」 「そうでもないですよ?コツさえ掴めば誰にだってできます」 実は先日、この女が魔術を使えることを風の噂に聞いたので訪ねてみたところ、山奥の別荘に来れば、そこで証明してやろうと私に言ったのだ。 そして先程、ただの石を見事な赤水晶に変え、そして元の石に戻してしまった。 魔術は実在した。 しかしこの女には一欠片も欲がない。私に言わせれば、とにかく勿体無いのである。 幸い、コツさえ掴めば……との事なので、私も何とかして魔術を修得できないものかと尋ねてみた。 「ということは……私にも使えますかね」 最後の方は小声だった。 女の表情は変わらない。 「魔術を、ですか?」 私は少し憤りを覚えた。魔術以外に考えられるものか。しかしここで女の機嫌を損ねてしまっては、折角訪れた魔術会得の機会を失ってしまう。 「はい、魔術を、です」 得意の営業スマイルで朗らかに笑って見せた。 「貴方には無理でしょう。条件がありまして……」 女はそこで微笑みながら黙ってしまった。煩わしい。 「何の条件があるんですか?」 女は答えた。 「私がこの魔術を会得できたのは無欲だからです。貴方は大丈夫でしょうか?」 私は心の奥を見透かされた気がして、思わず竦み上がってしまった。 女は変わらずニヤニヤしている。 「だ、大丈夫ですよ?それより、早く魔術を教えて下さい」 急かす私に女はニヤニヤ笑いながら奇妙なキノコを取り出した。 「私が魔術を会得できたのはこのキノコを食べたおかげです。さぁ、貴方も食べてみては? すぐに使えるようになりますが、三日間魔術を使ってはいけません。それさえ守れば、魔術は完全に身につきますよ」 「貸して下さい」 私は女の言っていることもたいして聞かず、即座に飲み込んでしまった。魔術を会得したらこっちのものである。 私は女に礼をし、すぐに家を出て、自宅で床に就いた。 二日間、私は一切外に出なかった。 三日目の朝、友人のY君から電話があり、旅行のついでに、昼頃にこっちに来るという。 Y君は欲が強く、強引で、余り来て欲しく無いのだが、古い付き合いでもある。 断る理由も見当たら無いので、いよいよ承諾してしまった。 一時一五分過ぎ。Y君が家に来た。 取り合えず会釈を交わし、奥の居間へと案内した。 麻雀をし、将棋を指し、別れて暫くの友と談笑した。 一一時。程よく酒が回って来たところで、何と無く魔術を会得した事を打ち明けたくなった。 後たったの一時間だし、大丈夫だろうという安易な気持ちが芽生えたのだろう。 「Y君、聞いてくれ。私は魔術を会得したぞ」 Y君は驚いたが、どうせ酔っ払っているんだろう、嘘をつくなと罵った。酒の勢いもあり、私は腹が立って言い返した。 「嘘じゃない!本当に会得したんだ!」 だがY君はまるで相手にしない。手をピラピラと振って見せ、酒をぐいっと飲んでいた。私はムキになり、大声で叫んだ。 「本当なんだ!金を出す事だって出来る!」 金には目がないY君のことだから、こう言えば構ってくれるだろう、と期待して言った。果たしてY君はこちらを見、そんなら出してみろ、といった。 そこで気が付いた。自分は過ちを犯したと。 「い、いや、出せるんだが出せないんだ……」 自分でも訳の判らないことを言って、その場を逃れようとした。 一一時四五分。あと一五分である。 「訳のわからんことを言って、本当は出せないんだろう。酒の勢いで嘘をつくもんじゃない。この大馬鹿者めが」 ここまで罵られては黙ってはおけない。しかし後十分、たったの十分なのである。 「何を黙っている。魔術だの何だのと言って、本当はよくない病気にかかって頭がいかれてしまったんじゃないか? 魔術が使えるんなら先にそのいかれた頭を治せ。それからゆっくり話を聞いてやる」 五九分。私は総てを忘却し、手を振りかざした。 「見ていろ!これが魔術だ!」 手から何かが溢れ出た。その何かはY君に絡まり、Y君や周囲の風景はみるみる内に変化し、気付けばY君はあの女に変わり、私は女の別荘にいた。 私と女の間には机があり、その上には赤水晶が煌々ときらめいている。 女はニヤニヤと笑っている。 突然赤水晶がただの石に変わり、コトン、と音を立てた。 「だから言ったでしょう?貴方には無理なんですよ」 その瞬間、私は総てを悟り、項垂れて、ただ呟いた。 「魔術、ですか……」 「ええ、魔術です」 変わらない調子で、含み笑いをしながら――