<筆に任せて>

 秋空に胞子。

学校で嫌なことがあった。

それは人によっては、嫌とも何とも感じないことなのかも知れない。むしろ、現代ではそれが当たり前だと言う人だっていると思う。

だけど、今日の私は、それがとてつもなく嫌だった。朝から続いていた背中の痛みも、あるいは影響していたのかもしれない。

人が、私を信じてくれないのだ。

私はどちらかと言えば、他人を安易に信じるほうだ。信用して、裏切られるほうだ。

私がそんなひととなりなので、きっと彼に悪気はなかったのだろうけど、あまりいい気分にはなれなかった。

で、帰り際見上げた秋空に、恋をした。スカっと晴れ抜いた空。青、一色。一片の悔いをも曝さない。まさしく気持ちいい秋晴れ。

徐々に浄化されゆく心。哀しみの、その色濃い輪郭を、淡く、儚く、ぼかしていく。

昔、『高い高い青空に、目の前をよぎる枯葉』という行に出逢ったのを覚えている。

高くて手の届かない秋の快晴を背景に、すぐそこで身近に秋を告げる枯葉が舞っているという文。

私はなんとなくこの一文が好きだ。

とうの昔のことなので、どこで逢ったのかは忘れた。もしかしたら、学校の先生が書いた例文かもしれない。

私はこの秋晴れに、なんとなくそれを探した。そして、それはすぐに見つかった。

なにかの胞子。二、三粒、目の前を泳いでいった。もしかしたら蜉蝣みたいな、何か小さな虫だったのかもしれない。

ともかく、最高の秋晴れを優雅に泳いでいくそれらは、別になんということもないのだけれども、すごく情緒的で、それでいて拙かった。

高い高い青空に、目の前をよぎる胞子。遠と近とが出会って、彼らは何を生み出すのだろうか。

少なくとも、私の欠けた心くらいは、修復していってくれたらしい。

  
 仙人掌――サボテン。

その晩、彼女と二人で花屋に行き、仙人掌を買った。

断面図が、丁度手裏剣のような形になっている緑の茎に、丸い、赤い花のようなものが乗っているやつだ。

握り拳よりも一回りほど小さい鉢に、丁寧に植えられていた。土ではなく、直径四〜五ミリ程の砂利に植わっている。

いかにも砂漠の植物といった感じで、ついつい一目惚れしてしまったのである。

おっと、前言撤回。「丁寧に植えられていた」という文は矛盾している。人工的に「植えられた」ことに、「丁寧」もくそもない。

私はこの仙人掌が好きだ。それは、狂乱的ともいえる。自覚しているのだから、おそらく末期。

昼間はありえないくらいの快晴だったので、星空がいつもに増して綺麗だった。

天幕に拡がる無数の星を見ていると、宇宙の雄大さに、今更ながら改心してしまう。

宇宙旅行士が皆、帰国したあと宗教家に転じるワケが分かる。……気がする。

仙人掌を、そっと窓際に置いてみた。まるで、仙人掌が星達を生み出したかのような錯覚にとらわれた。

自己が滅していくのが分かる。これ以上は危険だ。そう思った私は、思い切って仙人掌の肌に触れてみた。

ヒンヤリとしていて、カチカチなイメージがあったが、事実は大きく違っていた。とても壊れやすい軟らかさで、温かった。

不意に、涙が溢れ出た。堪えても堪えても、それは次々に生み出され、流れていった。

涙も、星と同じだった。元は仙人掌が生み出したものだったんだなあ。

仙人掌が涙を吸った。私は、いけない、と思った。

しかし仙人掌は、相変わらず静かに星を作り続けていて、もはや私に止めることなどできなかった。

私は深い寂しさに身を寄せた。次に彼女が来るのはいつになるのだろうか。
  

 或る朝。駅にて。

その日は、いつもより早く家を出た。背中の痛みがいつもにも増して酷かったせいもある。

だが、私を結局そうさせたのは、朝の清々しい空気であったことも否めない。

透明だった。強くて、それでいて壊れやすい。そんな朝焼けの空が美しい。鳥が二、三羽飛んでいれば、なおさら良いのだが。

それにしても、ほんの少し早く家を出るだけで、世界はかなり変化するものだなぁ。

なにより、人が違う。これは駅で気付いたことなのだが、私が普段登校する時間の人々はもっと活気が溢れていて、それに学生が多い。

今、周囲を見回してみると、純・会社員みたいな人だらけだ。皆、時計か新聞を見ている。

そうでなければ、まるで何かを恐れるかのように、目を堅く瞑っている人もいる。

まったく大人気ない。これが日本社会の中枢を担う者達の実体か。普段の演説での、あの威勢はどこへ消えたのだ。

所詮、人間など、こんな物に過ぎない。ふざけたものだ。

そんな気味の悪い、下水溜まりのような駅内で、これも普段は見かけないだろうというものに出会った。

口から涎を垂らし、クネクネと気色の悪い歩き方をする小学生。こっちをニヤニヤとねめつけている。それにその親。

私は生まれて此の方、親に送ってもらったことがない。無論、遅刻しそうになった時などは、大人の特権である『車』に、よく乗せてもらったものだ。

しかしこの場合は明らかに違う。これは『保護』だ。

初め、私はニヤニヤと笑われ、馬鹿にされているのかと勘違いし、その児童に注意した。

それは、さっきからの下水溜まりどもへの怒りもあったし、言い訳に過ぎないが、背中が痛かったというのも確かにあった。

とにかく、私はさほど憤るべき理由もないままに、彼を叱責した。

その瞬間、児童の母親がヒステリーのような叫び声で私をどなりつけた。

「この子が知的障害者だからそんなこと言うんですか!?貴方にこんな子を持った者の気持ちが分かるんですか!?」

母親の言い分もよくわかる。私の行動が軽率だったことも認める。でも、私はこの母親を素直に好くことができなかった。

自らの子を『こんな子』等と呼び捨てるのは、どうもいけすかない。この母親自身が、自分の子に自信を持っていない何よりの証拠だ。

さしずめ、この叫びは自分への叱責と八つ当たりなのだろう。

全く、朝の駅は薄気味悪い。


 水槽。

水槽の中にいる、赤や青の熱帯魚。決して反抗するわけでもなく、自分の立場さえも理解できない、私の中に住む自然界の弱者。

思えば、水槽というものほど独立した小世界は無い。いや、それは小宇宙といっても過言では無い。

みな限られた空間の中で、擬似自然を疑うことなく生きている。そこでは、私は神になれる。彼らは私の采配一つで生死する。

私が餌やりを怠れば餓死し、掃除を怠れば腐った水中で死ぬ。この完全無二の世界に於いて、唯一疑問を挙げるならば、完全を期さない神について。

果たしてそれをしも神と呼べるのだろうか。神は万物に幸せを与えるものではなかったのか。魚は死んだ。私という神の名の下で。

もはや可哀そうだとは思わない。もううんざりするほど沢山の死を見てきた。テレビをつければ、驚くほど機械的に、今日の死者数が報じられる。

私には分からない。この事故での死者数は○○人に上ります――と報じるキャスターの心理が分からない。

彼らは私以上に、死に対する抗体ができているのだろう。悲しむべきか、喜ぶべきか。

戦争は実に沢山の死を産む。そして沢山の自然を破壊する。しかし私達はそれに対して、ありえないほどの俯瞰視と正確な批評ができる。

それは戦後日本の平和主義と、急激に進化した言論活動が生み出した産業廃棄物。例えるなら水俣病に代表される四大公害病。

どちらも後を顧みない進化と、失敗を認めない社会が作り上げたものだ。

やがて日本でも戦争は始まるのだろう。自衛という名の下で。

それは水槽に酷似している。

自衛義務という神によって支配された我々熱帯魚は、その本意さえ理解しかねるうちに駆りだされ、朽ち果ててゆく。

戦争の勝敗は死者の多寡ではない。

多大な死者の上で成り立つ勝利もある。もちろん、死者の少ない敗北だってありうるわけだ。

どちらにせよ、我々は一方的に熱帯魚であったことを理解せねばならない。