<呼吸>

窓辺に腰掛けて、彼は言った。

「雪はどうして降るんだろう」

そんな誰に言うでもない問いかけに、私は少し首を傾げてこう答えた。

「水蒸気が冷えて固まりになって、重いから落ちてくるんでしょ?」

彼は、そんな私を振り向いてちょっと笑った。

それ以上、何も言わなかった。


雪の夜、外に散歩に出掛けるという彼に付いて行った。

息を吐くと、白く周りを漂って流れた。しばらくその行為を繰り返して何度も白い息を見ていた私に、彼は突然、静かに言った。

「風になれたら、どこに行きたい?」

今度こそは私に言った言葉だったのだろう。少し前を歩いていた彼は足を止めて振り返った。瞳が、私の瞳をまっすぐ見つめた。

なんだかひどく痛んだ彼の視線から瞳を逸らせなくて、静かに言った。

「……あなたの行く所」

彼は少し驚いたように私を見つめて、私が少し笑うと、どこか嬉しそうに、少し悲しそうに苦笑した。

そして、言った。

「……ありがとう」

それ以上何も言わずに、また私のほんの少し前を歩き出した。


肌寒い朝だった。

彼は私を起こして朝食を作ってくれた。

「珍しい……あなたが早起きなんて」

私の言葉に、彼は笑った。

「今日は、ちょっと特別」

彼の言葉に、私の顔は自然と綻んだ。

彼が作った朝食は、トーストと目玉焼き、それに私の好きな彼特製サラダと、温かいココア。

やわらかい雰囲気の中で、二人は朝食を済ませた。

「……寒いのって、どうすれば防げるのかなぁ。家にいても寒いし、布団に丸まっていても寒いし……。厚着しまくっても、顔とかが寒いし」

私は炬燵の中で、彼が淹れてくれた食後紅茶を飲みながらブツブツと考えていた。

そんな私を小さく笑い、自分の分のカップを持って彼は私の目の前に腰掛けた。

「さあね。一緒に居ればあったかいんじゃないの」

いつもとは微妙に違う彼に、今日の特別さを感じて、少し得した気分になった。


彼はいつも、瞳を悲しそうに揺らして微笑む。

一歩後ろの私に時々とても寂しそうな瞳を投げて、何か心配そうに眉を寄せる。でもそれはとても小さな変化で、私は時々気がつけない。

「……どうしたの?」

彼が、カップを手にボーっとしていた私に言う。

私は彼の顔を見た。

綺麗な瞳、意志の強そうな眉、儚げな唇、そして、時々ひどく歪む表情。

今彼は、私に向かって何か心配そうに首を傾げている。その聡明な瞳が揺れて、私の心の中を見透かしているような感覚に囚われる。

「……何でもない。大丈夫だよ」

それを聞いて、彼はやはりどこか心配そうにしながら目を細めた。

彼を纏う不思議なオーラは、いつでも私を受け入れてくれていたと、その時初めて気付く。

静かに、優しく、それこそ気付かないくらい自然に。

彼がいなくて寂しい時も、そこら中に彼のオーラは溢れていたのだろう。

その目で見つめられる度に、彼独特のオーラが私を包んでいくのだ。優しさ、温かさ、包まれているという心地いい感覚。

いっそこのまま、彼の波に呑まれてしまってもいいと、幾度も幾度も思った。目の前にいてくれるだけでこんなにも気持ちが楽になる。

彼は私を見つめる度に、彼独特のオーラで、私を守ってくれていたのだ。


あの日から、彼の瞳は私にとめどなく問いかけている。

あの日の問いかけも、雪の振る夜のあの悲しそうな笑顔も、私の耳とこの瞳にずっと焼き付いている。

『風になれたら、どこへ行きたい?』

あの日の言葉。私の答えに、歪んだ彼の顔。

悲しい顔はいつでもここにあって、なかなかどうして私を困らせてくれる。しかしそれは、私にとって大切なものでもあるのだ。

決してそういう表情が嫌なのではなく、むしろ、そういう表情をする彼が一番好きなのかも知れない。

その顔はいつでも、私に対する想いの深さを痛切に教えてくれるから。


「……離れないからね」

そう言って、彼の少し後ろを歩いていた私は小走りに隣につく。

彼は嬉しそうに少し笑って、ほっとしたような表情を作り長いまつげを揺らした。

ああ、そうか。隣。

いつも一歩開いていた二人の距離。

たった一歩進んだだけで、彼の顔は安堵のそれになってしまった。


彼の綺麗な顔が好きで、時々酷く歪む表情の変化が好きで、この性格が好きで、まったりとしたペースがたまらなく好き。

こういう彼の柔らかな雰囲気に、私は満たされる。

「好きだよ」

彼の口からこぼれる言葉は、私を瞬間に幸せにさせて、どこか自分勝手に私の中に居座る。

それも、彼の私を想う気持ちだといい。

そんな彼の、白い息がそこら中に漂っている。

「……知ってるよ」

私の口からも、言葉を乗せた白い息は漂う。

二人が静かに笑って、そこら中に白い息は溢れる。

そして二人の呼吸は、乱れることなく重なっては漂って、隣合わせになる。