<面喰い> 『其奴、人が頭を喰らう』 近頃京に流行る物。奴は面喰いと呼ばれ、恐れられておる。 此の夏、突如京に現れ、茶屋「京洛」の主人である翁を殺した。翁の死体は、首だけが無くなっていた。 其れから検非違使の役人数名が奴に殺されてしもうた。其の他、殺された町の者、数十人余。 巷の噂に寄れば、自分の首を探しているらしい。 だが、奴に遭遇した者は皆頭が残らぬ。故に奴を見て帰って来た者もおらぬ。 何時まで経っても正体が分からぬまま、多くの人間が頭を喰われた。 此の京が生まれて以来の怪事件に、御上も検非違使も相当頭を抱えておったが、為す術も見当たらぬまま、京からは人が離れ、見る間に京は衰退していった。 其の春。面喰いの現れる前の事。山城沖永なる兵が京に立ち寄っておった。 此の男、人並ならぬ巨体と怪力を有しており、北の大陸より伝わりし古の関雲長、項羽が権化かと思われる程であった。 沖永が「京洛」に寄った折、茶を淹れる間、主の翁が沖永の相手をした。 「へぇ……陸奥の方から……ほほ……其れは長い旅で……」 沖永は淡々と喋り、翁も話すに難くは無かった。 「近頃は京も物騒になってきおってなあ。お侍様はよほど腕の達者な方とお見受け致す。京に至るまでどれだけの悪党共をお斬りなさった」 やがて翁の家内が茶を運んできた。沖永は茶を受け取り、静かに語った。 「いや、某は力ばかり猛き者で、刀の道はまだまだ先でござる。されど、此の馬鹿力を以ってせずして、京への道は辿れぬ。 其、真に天に恵まれし者の力であると、喜ばずにはおられまい」 ふと、翁の顔が曇った。 「ほ。……されば、お侍様は天の遣いであると申すか」 「はっはっはっ!天に仕えし者なれば、斯様な京に誰が参るか! 某は地に生まれ、地に育てられし一武人。唯、此の馬鹿力のみは天より与えられし力であると、某は考えるのでござる」 「左様でございますか……へぇ、お侍様は大層お偉い方で……おお、丁度団子を切らしてしもうた。 お侍様、どうか暫く此処でお待ち下さいませぬか。すぐに家内に団子の材を買わせに遣わしますゆえ……」 「や、此はかたじけない。御迷惑おかけする」 「いやいや、此方こそ……」 翁は腰を深く折って頭を垂れた。 その後も翁と沖永は会話を繰り返しておったが、どういう訳か翁の顔は一向に優れぬ。 其が焦り、不安、恐怖から起こる顔であることを、歴戦の兵沖永には見て取れた。 「御主人。どうなさった。顔色が優れぬようでござるが……」 「へ、へぇ……別に何もありゃしませんが……」 「何か、不安な事でもござったか」 「いえ……へぇ……ちょいと風邪気味なもんで……」 「正月早々、不吉な事であるな。何か良からぬ事でも起こら無ければ良いが……」 「全く其の通りでございますな……へぇ」 翁は愈々辺りを見回して、汗まで流れ出した。 「御主人。某の世話はもうよい。奥で休まれよ」 「いや、そうも行きませんですじゃ。お客人のお相手は最後まで……」 「其処の浪人!刀を置いて其の地に伏せよ!」 翁が言い終わる間も無く、何時の間にか沖永を囲んでいた役人の一人が叫んだ。 「御主人。此れはどういう御歓迎か」 「……」 「御主人!」 「浪人!直ちに従わねば是を斬る!」 「うぬ……是非も無い!」 沖永は刀を茶屋の長椅子に置き、その場に伏せた。 「よし、ひっとらえよ!」 役人は数人がかりで沖永を縛り上げ、役所へと連れ込んだ。 役所で沖永は拷問を受けた。 沖永が京に来る幾日か前の事、京一の美人で高名な、翁の娘が何者かに攫われた。 やがて京の外で其の死体が発見されたのであるが、娘は裸になっておった。検非違使は強姦と決め付け、翁に報告した。 翁は異国の怪しい者が茶屋に来る度に役所へ報告し、ひっとらえようとした。 困ったのは検非違使の方で、実は此の事件の犯人は他でもない、腐れ切った検非違使の役人なのである。 故に検非違使は賄賂さえ出せば、容易に其れを釈放しておった。 が、不幸な事に沖永は京から遠い陸奥育ちで、金も無ければ京のそういった風俗も知らぬ。 其の強靭な肉体が衰弱し切っても、尚沖永は否定し続けた。 やがて検非違使も賄賂を諦め、沖永の首を刎ね飛ばした。 そして「山城沖永、強姦の罪で死刑に処す」という触書と共に、首は市井に晒された。 その沖永、死体が消えている。