<夜汽車>

今日も男は汽車に乗った。変わらない、いつもどおりの光景だった。

一番後ろの車両に乗った。ここが一番落ち着く。

車掌と目が合った。軽く頭を下げた。

車掌はニヤリ、と微笑した。

程なく電車は薄暗い駅に着いた。

そこで男は黒い電車に乗り換えた。そこでも一番後ろの車両に乗った。

いつもどおりだった。

誰もいない最後尾の車両は、前方の車両に引っ張られ、その車両はその前方の車両に引っ張られ、そうしてどんどんと引っ張られていった。

最後は何に引っ張られているのだろう。

質問しようとしたが、車掌はいなかった。

前から二つ目の蛍光灯は割れていた。

月が窓から見えた。綺麗だった。

けれども、男は見ないことにした。

降りる駅は終着駅だったので、男は疲れた身体を休めようと、そのまま眠ってしまった。

いつもどおりだった。


少し時間が経って、男は目が覚めた。

夜汽車は、まだ走り続けていた。

車掌がいたので、訪ねてみた。

――大阪はまだですか?

車掌はゆっくりと男を見据えた。

――まだですよ。

そうか、と思い直し、男は月を見た。

けれども曇っていたので良く見えなかった。


少しして、雨が降ってきた。

傘を持っていなかったので、帰りに買って行こうと思った。

そうして明るい駅に着いた。

――京橋、京橋。

前方の車両から降りていった若者が、血眼になって何かを探していた。

何を求めているのだろう。

そしてドアが閉まり、夜汽車は再び動き始めた。

まだ余裕があるので、男はもうひと寝入りすることにした。


夜汽車は揺れた。

男は目を覚ました。夜汽車は走り続けている。

車掌に聞いてみた。

――大阪はまだですか?

車掌は背中を見せたまま呟いた。

――もう、過ぎましたよ。

男は再び訪ねた。

――でも、大阪は終着駅ですよ?

車掌は初めてこちらに向き直り、男に指をさしながら言った。

――いいですか。降り損ねた人は一生降りることができません。機会を得損ねた人は永遠に同じ機会を得ることが出来ないんですから。

男にはハッとするところがあった。

男は今日、会社で一会一期の大機会を、些細なミスから逃してしまったのである。

それを理由にリストラされ、今日は最後の夜汽車となっていたのだ。

男は何故か込み上げる遺憾の念に負け、車掌を殴った。

鼻が折れ、目が飛び出、車掌は息絶えた。


――お客さん、終着駅ですよ。

そこで、男は目が覚めた。

――ああ、すみません。

微笑みながらいそいそと外に出た。

そこはいつもどおりの駅だった。

男は歩きながら駅を出た。

男は気付かなかった。帰り際の踏み切りで、夜汽車に身を投じ、自らその命を絶っていたことを。

そう、男は既に死んでいた。

そこは、人生の終着駅だったのだ――