<幽霊>

私が小学生だった時のことだが、一度だけ幽霊を見たことがある。それはどこの学校にも普遍的に存在する、体育館の裏側でのこと。

私は常々、その湿りきった空間に何か惹かれるものを感じ、授業が終わればそこへ行ったのを覚えている。

しかし行ってみたところでその湿り具合に変化はなく、春夏秋冬、変わらず生ぬるい空気が淀んでいた。

雨が降れば湿り気は増す。大地の水分が飽和して、まるで大空に舞い上がっていくような、むさ苦しい蒸気。

大きなユーカリの木が陽光を遮るので、その不愉快は一向に晴れない。そこで一度だけ、幽霊を見たのだ。

一体、あの空間の何に惹かれたというのだろう。それを考えてみた時、必ず思い浮かぶ事がある。


私はイジメを受けていた。特に変わったものでもなく、ただ単に、素直な表現としてのイジメ。

内容は至極幼稚なもので、小学生の考えられる範囲での嫌がらせに限った。靴箱に手紙を入れたり、鉛筆がなくなったり。

故に当時の私は彼らのイジメをイジメとして認識することが困難で、受けた直後にやり返したりもした。

私の脳は、仲間内の戯れと捉えていた。しかし数年後に彼らと話してみると、やはりあれはイジメを目的とした嫌がらせであったそうだ。

全く理不尽なものである。

当時の教師や保護者の間でもこの戯れはイジメと認識されず、「過度の冗談」としてお互いを軽く注意する程度に終止したのである。

ではイジメとは何を持ってしてイジメとしての地位を確立しうるのだろうか。


恥ずかしい話ではあるが、私もイジメをやった覚えがある。先に弁解しておくが、イジメを受けた子は必ずイジメっ子になるのだ。

イジメ時代に溜め込んだ「誰かを傷つけたい」という衝動は、イジメ終了後に爆発する。そうして自らの均衡を保つ。

健常な人間だと、それは引越や葬式など、ある節目を境に顕著になる。

人間、誰しも「誰かを傷つけたい」と考える。それが第一の成長であり、傷つけ、傷つけられたあとで「誰も傷つけたくない」と思えるのである。

話を戻そう。何を持ってして、イジメはイジメたる地位を確固なものにするのか。

単純な話、「受け手の感情次第」なのではないだろうか。

先の話でもあったとおり「イジメてやろう」と考える人間がイジメをやったところで、「私はイジメを受けているんだ」と考える人間がいなければ、そのイジメは社会的に成立しない。

つまりイジメというのは、図らずとも互いの了承の上で行われる取引なのである。

「私は今から貴方のことをイジメますが、よろしいですか」という問いかけに対し、

「はい、私は貴方からイジメを受けることを承諾します」と答えた瞬間に限り、イジメは成立する。

その答え方は様々であるが、一番多いのが保護者や教師への訴えである。訴えを聞いた大人は、一目散にイジメっ子とその親を非難する。

私の理論が正しければ、この場合、イジメっ子もまた被害者なのである。

何故ならこのイジメを受けた子は、イジメっ子との契約を勝手に破棄して、自らが負えなくなった債務を他の権力者に託しているからである。

その権力者はイジメっ子よりも権力が強い為、イジメっ子の債権は強引に虚無化されてしまう。で、求められる言葉は「ゴメンナサイ」。

これではイジメを受けた子の自己破産申告だ。いや、自己破産よりもタチが悪い。


ではイジメっ子は、本当にイジメてやろうと考えたのだろうか。ここに難問が存在する。

初めは誰だってイジメてやろうなんて考えない。それが悪いことだと教えられた子供は、何の理由も無くその教えを破るはずがない。

本当に「これはイジメなんじゃないのか」と気付くのは、契約締結後になるのだ。

今まではじゃれ合いであったものが次第にエスカレートし、動物本能である「攻撃」が目覚め、著しく相手をイジメ出す。

しかしまだ本人は迷っているのだ。自分のやっていることがイジメなのか、じゃれ合いなのか。

それ以降は、ケースによって様々な形に分派する。

認識したイジメを快楽にするもの。二度とイジメをしたくないと思うもの。迷い続けてイジメを見極められないもの。これら全てが可哀相な被害者なのだ。

所詮、イジメをイジメとして認識するのは、イジメられた子が訴えた大人なのである。

大人が「それはイジメだ」と教えるから、イジメという概念を認識していない子供の脳はイジメを認識する。

それが酷くなったケースが、被害妄想者である。こうなったらもう専門医の指示を仰ぐしか道はない。

何故ならイジメに敏感になった彼らは、名前を呼んで肩を叩かれただけでそれをイジメと認識してしまう。

彼らの世界観に於いては、イジメたくない人までがイジメっ子として君臨することになる。

私の場合に戻るが、私はイジメをイジメとして捉えなかった為、何の問題も起きず、挙句の果てに私まで注意されるという扱いを受けた。

そしてイジメる側にまわった時、私はイジメたつもりもないのにイジメっ子との烙印を押され、忌み嫌われた。

「イジメを受けた子が、一番人の痛みを理解している」という考え方は間違いであることがわかると思う。


そんな環境で生きてきた子供が、体育館裏のジメジメした空間を好むのは、今から考えれば至極自然なことのように思える。

ただその容姿だけで嫌われる虫の数々は、数奇なことにジメジメした暗い場所を好む。人間も類に漏れない。

しかし、人間という社会から逃れたいと思う「大人的」な気持ちは、当時の私には勿論無かったはずだ。

でも、私はあの場所に惹きつけられた。きっとその感情は「大人的」な感情の芽生えなんだろうな、と思う。

そこで見た幽霊というのが自分自身の姿であったのだから、私は笑いが止まらない。

やはり幼稚なあの頃であっても、「大人的」な考え方は少しずつ芽を出していて、イジメの契約性に何らかの疑問を感じていたに違いない。

それが私を体育館裏へと引き付け、幽霊までみせたのだ。

あの幽霊は泣いていた。そしてそれを見た私は「俺も泣きたい」と思った。

イジメを受けていたからではない。ただ、人間としての営みに何か不信感的なものを覚え、自分というものに疑問がわいてきたからなのだ。

今から考えれば冷静にこう思えるが、当時の私にそんな思考力もあるはずがなく、ただひたすら涙を堪えているに終わったのである。

あの頃は最も死にたい時だった。